日本史

学籍番号33162182 商学部 3年 深田雄哉

日本史(木曜1限) レポート名 博物館の見学

厳島神社宝物館 広島県廿日市市宮島町1

厳島神社の歴史 2018113日4日

厳島神社の宝物館を選んだ理由は最初、僕は地元にある兵庫県立歴史博物館にしようと思っていたのですが家族に日本史のレポートの話をすると、ちょうど旅行で広島に行くのでその時に厳島神社に行くからそこの宝物館について書けば?と言われ厳島神社の宝物館について書くことにしました。

厳島神社宝物館はコンクリートづくりで、漆および白堊塗装、屋根銅板葺になっています。

社殿との調和を考慮して、日本で初めてコンクリートに漆を塗って外観を木造建築らしくなっています。

宝物館には国宝にもなっている平家納経がありました。平家納経は1164年に厳島神社に奉納され、全体が完成したのが1167年。平安時代に多くの貴族たちの発願によって制作された装飾経と呼ばれる種類の経典の代表作だそうです。1954年には当時の工芸技術の高さ、素晴らしさを現代にまで伝える一級史料として、国宝に指定されました。現在も、厳島神社に所蔵されています。平家納経は、平家の一族が筆写したのですが、その中にはもちろん平清盛、嫡男の重盛、異母弟の頼盛や教盛などがいました。当時のセレブメンバーによる写経には数々の見どころがあります(引用http://日本の歴史.com/%e5%b9%b3%e5%ae%b6%e7%b4%8d%e7%b5%8c/

最初に平家納経を見たときは紙がキラキラして、字もとてもきれいで絵も全部輝いて見えレプリカとは思いませんでした。平家納経のことはあまり詳しいことはしらず、平家が書いていることぐらいしか知りませんでした。僕の家は般若心経なのでそれに詳しいおばあちゃんが平家納経には般若心経が書かれていると教えてもらいました。般若心経はおばあちゃんが仏壇の前で毎日唱えているので、覚えてしまってそれで興味を持ちました。気になったので調べてみると平家納経には謎があるそうです。

平家納経は平清盛が納めた、ということになっているのですがいつ納めたのかはハッキリとは分かっていません。またなぜ納めたか、もよく分からないそうです。あと33巻のうちの一つが清盛願文なのですが、清盛願文という清盛が厳島神社にどういう意図で奉納したのかを書いた文だそうで、これが般若心経や法華経の一つに入れるのって変だと思いました。まだわかってないこともたくさんあることがわかりました。清盛願文は後世に作られたともいわれているそうです。参考文献http://miya-jima.net/page/110.html

次に宝物館の中で印象に残ったのは源頼朝足利尊氏豊臣秀吉らの武器、武具、調度類、楽器などもありました。国宝にもなっている大鎧がたくさんありました。小桜韋黄返威鎧、紺糸威鎧、浅黄綾威鎧、黒韋威胴丸が国宝にもなっている鎧です。なかでも小桜韋黄返威鎧は源平の争乱期に発達し、豪壮な趣をもっています。社伝では源為朝所用のものとされ、数少ない平安時代の遺品のひとつで、厳星を打った円鉢の力強い兜です。

厳島神社の宝物館にはまだまだありました。重要文化財になっている木地塗螺鈿飾太刀、錦包籐巻太刀、狛犬、還城楽舞楽面があり、歴史を感じました。大体のものは平安時代のもので、ずっと昔にあったものが今は歴史になって、国の宝になったりしてとても日本の歴史に興味がわいてきました。

今回は厳島神社の宝物館に行くことになったのですが他の博物館にも行きたいと思えるほど今回の宝物館で、見たものや知ったことが心に残りました。いままで聞いたことはあるけど詳しいことは知らないものや聞いたこともないものを今回で学べたのは今後のことになにか生きそうだと思いました。

今までは博物館や資料館は興味がなく見るだけなら面白くないと思っていましたが、実際にモノを見ると前までの面白くないと思っていた気持ちとは違う、歴史の凄さ、昔の人の凄さを知れました。